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飛蚊症と網膜剥離 なぜ?どうするの

杏林大学医学部眼科学教授 平形 明人

網膜剥離は外傷などの眼球の急激な変形で起きることもありますが、なんの誘因がなくても発症します。むしろ50 歳を過ぎてから、眼内の加齢変化によって突然、生じることが多いのです。失明につながる重篤な病気ですが、早期に治療することで、深刻な視力障害を予防できる可能性も高くなります。
視野に影や光が見えたり、物が見づらいなど見え方が気になったら、片目ずつ隠して、どちらの目に症状があるのか確認してみましょう。そして、それが網膜剥離などの目の病気に関係していないか、早期に眼科を受診して相談することが大切です。

眼球をカメラにたとえると(図1)、網膜はフィルムにあたる眼底一面に広がっている薄い膜状の組織で、光や色を感じるのに重要なたくさんの神経細胞(視細胞)と、それにつながる神経線維からできています。視細胞に栄養を与え代謝を維持しているのが、網膜のいちばん奥に並んでいる網膜色素上皮細胞と、その外側に位置する脈絡膜(細かい血管が豊富な組織)です。

図1

光は目の正面から入ってきて、角膜、前房、水晶体、硝子体を通り抜け、網膜で焦点を結びます。網膜に入った光は、視細胞で電気信号に変換され、網膜につながっている神経線維を伝わり、その神経線維が集まってできた視神経に達し、そこから脳に届きます。
網膜の中央は視細胞が密集した最も感度の高い場所で、視野の中央に相当します。人が字を判読したりするのがこの部分で、黄斑といいます(図2)。視力は黄斑の機能を反映しています。

図2 右眼の眼底写真

網膜は光を感じてそれを伝える神経網膜と、その土台になっている網膜色素上皮の二層に分かれていて、神経網膜がその下の色素上皮から剥がれるのが網膜剥離です(図3)。

図3

神経網膜をつくる視細胞への栄養は、色素上皮を通して脈絡膜側から供給されているので、神経網膜が剥がれると栄養供給が途絶え、視細胞の機能が低下します。そのために光に対する感度も低下し、剥離部分に対応する視野が見えにくくなります。
破れたりしわになったフィルムではまともな写真が撮れないように、網膜剥離が生じると視野や視力が障害されます。大半の網膜剥離は神経網膜に孔(裂孔)ができて起こるので、裂孔原性網膜剥離(図4-a.b)と呼ばれます。それに対して孔を伴わない網膜剥離もあり、非裂孔原性網膜剥離といいます。

図4

非裂孔原性網膜剥離は、眼球内にできた腫瘍や炎症が原因のもの、あるいは高血圧や糖尿病などが原因で生じるものなど、なにか別の病気に続発して起きることが多く、治療するには、腫瘍や糖尿病などのもとの病気を治すことが大切となります。
このホームページでは、網膜剥離の最も代表的なタイプで、早期に手術が必要な裂孔原性網膜剥離について説明します。

裂孔原性網膜剥離の患者さんが多いのは、20代の若者と50代以上の高齢者ですが、どんな年代の人にも生じる可能性はあります。とくに強度の近視眼や片方の目が網膜剥離を起こしたことがある場合や、また家族に網膜剥離にかかった人がいる場合に発病しやすい傾向があります。眼球を強くぶつけたり、叩かれたりした外傷後に発症することもあります。未熟児や遺伝性の目の病気に続発して、小児期に生じることもあります。
アトピー性皮膚炎で、とくに目のまわりの皮膚炎が重症な人にも多く見られ、かゆいあまりに何度もくり返して瞼をこすったり叩いたりすることが原因であろうと考えられています。白内障手術などの眼内手術を受けた人も、眼内の環境が変化することで網膜剥離が続発することがありますので、担当医による眼底検査などの指導を受けてください。

他にも、眼底検査で散瞳した後は、車の運伝ができないなどの注意事項があります。

飛蚊症が生じるのは

眼内には網膜に接して存在する、卵の白身のような透明なゲル状のゼリーのような液体があって、これを硝子体といいます。硝子体は、加齢とともにサラサラした液体とベトベトとしたゲル成分に分離していき、ゲルの骨格成分であるコラーゲンが凝集して、明るい光が入ってくると網膜に影を落とすようになります(硝子体の液化変性)。この影を自覚するのが飛蚊症で、そのうち後方の網膜からゲル成分の硝子体が離れていきます。これを後部硝子体剥離といいます。後部硝子体にはコラーゲンの密度が高い部分があり、飛蚊症の自覚症状がさらにはっきりします。このように飛蚊症は、加齢などの硝子体の液化変性や後部硝子体剥離で生じることが多いのですが、その際に網膜裂孔を伴うことがあります。またぶどう膜炎や他の原因による出血や炎症などで硝子体が混濁しても飛蚊症が生じます。

後部硝子体剥離と網膜剥離(「3.網膜剥離とは」図3参照)

後部硝子体剥離は50歳以上で生じることが多く、それ自体は加齢による生理的変化で問題はありません。しかし、ゼリー状の硝子体と網膜の癒着が強い場所(病的に網膜が薄い部分)があると、後部硝子体剥離が起こるときにその部分がひっぱられて網膜に亀裂(裂孔)ができることがあります。網膜の一部がひっぱられる状態が長く続くと、そこにできた網膜裂孔から硝子体の液体成分が神経網膜の裏側にまわり、神経網膜が網膜色素上皮から剥離していきます。これが網膜剥離です。

原因は加齢以外にも

後部硝子体剥離や網膜剥離は加齢による変化によって生じるのがふつうですが、眼球の打撲などで急激に眼球が変形して発生することがあります。また、後部硝子体剥離がなくても、強度の近視や遺伝的な素因などで網膜に萎縮性の孔が生じることもあります。若い人の網膜剥離は、外傷やこのような網膜変性によって起こる場合がほとんどです。

網膜剥離にもいろいろあって、網膜裂孔の位置や大きさ、数、網膜剥離の進行程度、出血の合併などによって、視力低下、視野障害、飛蚊症、光視症、変視症などの症状が異なります。ときには無症状で、コンタクトレンズ検診などでたまたま受けた眼底検査で指摘されることもあります。代表的な症状をあげてみましょう。

(1)視野にフワフワしたゴミか蚊のような影が見える

明るい背景で読書したり、青空や白い壁などを見たときに、視野のなかに何か浮遊物の影が移動するように見えるのを経験します。これを「飛蚊症」といいます(「5.どうして網膜剥離(裂孔原性)が起こるの?」参照)。はじめて飛蚊症の変化を自覚したときには、それが近視や加齢による単なる生理的な変化なのか、網膜裂孔などを合併する病的な変化なのか、眼底検査を受けることが大切です。

(2)視野の隅に稲妻のような光が走る

これを「光視症」といいます。眼球運動に付随して、視野の周辺に一瞬あるいは数秒間光が走るという自覚です。硝子体と網膜の癒着が強い場所(病的に薄い網膜)があると、後部硝子体剥離がその部分で生じにくく、その部位がひっぱられて網膜が刺激されると、視野のなかに光が走ります。光視症を自覚する人の一部に、網膜に亀裂(裂孔)が生じていることがあります。

(3)視野全体がススがかかったように見える

後部硝子体剥離などの際に、網膜血管がひっぱられたり、網膜裂孔が生じて出血することがあります。硝子体中に出血が広がると、視野全体が暗くなったり、飛蚊症の影が増えたり、ススがかかったように見える場合があります。

(4)ものがゆがんで見える・見える範囲が狭い(視野欠損)・メガネをかえても視力が改善しない

網膜剥離が黄斑に近づくと感度のいい網膜が障害され、それに対応する視野が欠損します。上の方の網膜が剥離すると視野の下の方が暗くなり、下の方の網膜が剥離すると視野の上の方が欠損します。黄斑が剥離すると、ものがゆがんで見えたり、視力が低下します。網膜裂孔の位置や大きさなどで、視野欠損や視力低下の程度や進行は異なります。

飛蚊症や光視症、視野障害などの自覚症状が現れたら、網膜剥離による可能性がありますので、早急に眼科を受診してください。
網膜剥離と診断された場合、剥離期間が長いほど神経網膜が損傷されますので、緊急に治療が必要です。一般に手術前の視力がよいほど、手術後に得られる視力もよいといわれます。とくに黄斑剥離が有るか無いかは、手術後に得られる視力に大きく影響します。
網膜剥離のタイプによって安静度や手術までの緊急度は異なるものの、一般に早急な手術が必要となりますので、担当の眼科医に相談してください。

生理的飛蚊症と診断されたら

飛蚊症で眼科を受診し、網膜裂孔などがなくて、近視あるいは加齢による硝子体の変化(生理的飛蚊症)と診断されたなら、まずはひと安心です。ただし、後部硝子体剥離などの加齢変化がさらに進行して、将来網膜剥離を生じる可能性はあります。眼底検査を担当した眼科医に、経過観察の方法を確認してください。
また、飛蚊症がひどくなったり、光視症などの新たな症状が加わったときは、もう一度、検査を受ける必要があります。

網膜剥離の検査

網膜剥離は、目の外観から診察しただけでは判断することができません。眼底検査といって、眼底鏡という機械を使い、瞳孔から光を入れて観察します。その際、網膜をすみずみまで観察するために、瞳を拡大する目薬を投与します(散瞳)。瞳孔が目薬で拡大すると、まぶしくなって、ピントが合いにくくなります。目薬の効果は数時間持続しますので、検査後は車を運転したりできなくなります。眼底検査を受けるためには、そのつもりで眼科を受診してください。
硝子体出血があって眼底が観察できないようなら、超音波検査など他の検査を行います。

網膜剥離の治療

(1)網膜裂孔だけで網膜が剥がれていないとき

網膜裂孔が生じても、網膜が剥がれていない場合は、網膜裂孔のまわりを凝固(糊づけのようなもの)して、網膜剥離への進行を予防できることがあります。
網膜凝固には、網膜光凝固と網膜冷凍凝固があり、凝固によって裂孔周囲の神経網膜と網膜色素上皮に瘢痕を形成し、神経網膜の下に網膜剥離を誘発する水分が流入するのを防ぎます。ただし、裂孔の大きさや硝子体がひっぱる程度によっては予防効果が弱いこともあり、治療の適応や経過観察の方法が異なります。

(2)網膜が剥離していたら

網膜裂孔から網膜剥離に進行していたら、手術が必要となります。網膜剥離のタイプ(裂孔の大きさや位置、網膜剥離の進行程度、硝子体出血の有無、他の眼疾患の合併など)によって、手術の方法が異なります。手術は、強膜バックル術(強膜内陥術)と硝子体手術に大別できます。

強膜バックル術(強膜内陥術)

網膜の外の組織(強膜)を目の内側に向けて凹ませて、剥離した網膜を色素上皮に近づけ、硝子体のひっぱりをゆるめます(図5)。
そのためにまず、網膜裂孔に対応する眼球の外側にシリコンスポンジを縫いつけて、眼球を内側に凹ませます。そして、網膜裂孔のまわりを凝固してふさぎます。凝固には冷凍凝固や熱凝固、網膜光凝固などを利用します。
網膜の下にたまった液体が多い場合には、強膜側から針のような穴をあけて外に出します。
網膜裂孔の状態によっては、硝子体内にきれいな気体を注入して、裂孔部を硝子体側からふさぐことがあります(硝子体ガス注入術ー図6)。注入した気体は自然に吸収されますが、それまでうつ伏せ姿勢などの体位制限が必要となります。

硝子体手術

網膜剥離の程度や裂孔の位置によっては、網膜裂孔の原因となった硝子体のひっぱりを直接とる硝子体手術をすることがあります。とくに硝子体出血を合併していたり、裂孔が大きかったり、網膜剥離が進行して増殖膜を合併(増殖性硝子体網膜症)している場合に有用になります。
図7のように硝子体内に精巧な器具を挿入して(通常3か所から)、硝子体や網膜をひっぱっている膜状組織を除去します。続いて硝子体内に気体を注入して、剥がれた壁紙を壁に戻すように、剥離した網膜を気体で網膜色素上皮側におしつけます。
目のなかには、絶えず新しい水分(房水)がつくられていて、その液体に浮いた気体の浮力で網膜裂孔をふさぎます。
網膜裂孔は手術中に凝固しますが、凝固部位が瘢痕化するには約1週間かかり、それまでうつぶせ姿勢などの体位制限が必要となります(図8)。

網膜剥離を放っておくと、ふつう網膜は全部剥がれてしまい、剥がれた網膜には血液が供給されないため、時間が経つと失明してしまいます。網膜剥離の治療は失明を予防する目的で行われ、手術の進歩で網膜復位率は向上しています。
しかし、大きな裂孔だったり、古い剥離があったり、強度近視など他の眼疾患に合併していたりと、網膜剥離のタイプはさまざまで、どの程度改善するかは、それぞれの病態によって異なります。どんな手術も合併症の危険は避けられません。早急な手術が必要となりますが、担当医と網膜剥離のタイプや治療法を相談して、治療計画を検討してください。
網膜が元の位置に戻って(復位)も、視力の回復や視野の改善には限度があり、再剥離の危険性もあります。また、もう片方の目にも網膜剥離の危険因子がある場合もありますので、もう片方の目も含めて、術後の経過観察が大切です。

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絵 清水 理江

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