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遺伝性の目の病気
国立病院東京医療センター院長 国立感覚器センター眼科 田中 靖彦
最近、目の病気には、遺伝性のものがかなり沢山あることがわかり、しかも、遺伝子工学の発達により、その仕組みが次第に解明されてきました。
遺伝性の病気は、わが国では、家系的な恥として世間的に知られたくないという風潮がありますが、欧米では、特別に隠すということはほとんどなく、ためらいなく世間に明かすという傾向があるとさえいわれています。
この一文をお読みになり、患者も家族も関係者もそしてすべての人々が遺伝性の病気を理解され、1日も早く、社会的な偏見をなくし、診断法や治療法が確立されることを願っています。
Q | 遺伝とはどういうことですか。 |
---|---|
A | 親の体型や性格に、子や孫が似ることを遺伝といいます。昔からその理由が色々と考えられましたが、1800年代にメンデルという人が遺伝は遺伝子によっておこるという説を立てました。現在、この説は実証されていて、親の特徴は遺伝子という物質によって伝わることがわかっています。 |
Q | よくDNAという言葉をききますが。 |
A | DNAは「デオキシリボ核酸」の略で、遺伝子はDNAの一部分です。ではこのDNAがどこにあるかというと、わたしたちの体をつくる最小単位である細胞のなかにあります。(余談ですが人間の体はおよそ60兆個の細胞でできています) 細胞の核のなかには46本の染色体があって、この染色体をつくっているのがDNAなのです。 |
Q | DNAはどんな形をしていますか。 |
A | のばすと細くて長いリボンがらせん状にからまった形をしています。そのリボンの部分部分(遺伝子)がそれぞれ、体の様々な組織をつくる情報を伝える役目をしています。 |
Q | では遺伝子は細胞の染色体のなかにあるわけですね。 |
A | そうです。DNAは100 万分の2ミリメートルという細さですが、DNAの容れ物である染色体は倍率の高い顕微鏡でみることが可能です。 46本の染色体は2本で1対をつくっていて、体細胞には23対の染色体があることになります。さらに図のように22対(44本)の常染色体と1対(2本)の性染色体に分けられ、1対の性染色体が、その人が男性か女性かを決める役割をもっています。 |
Q | 遺伝性の病気はどうしておこるのですか。 |
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A | 染色体になんらかの理由で異常がおこったり、欠陥のある遺伝子によって親から子に異常が伝わるためにおこります。 欠陥遺伝子による異常には、常染色体優性遺伝、常染色体劣性遺伝、X染色体劣性遺伝があります。 |
Q | それぞれどんな病気があるのでしょうか。 |
A | ふつう染色体は2本で1対ですが、1本になったり3本になったりする場合が染色体異常です。ターナー症候群やダウン症候群があります。 常染色体優性遺伝は1対の遺伝子の片方に欠陥があるだけで発症してしまいます。このタイプの病気は大変多く、先天性白内障もそのひとつです。それに対して常染色体劣性遺伝は、1対の遺伝子の両方に異常がないと発症しない珍しい病気です。フェニルケトン尿症、鎌状赤血球貧血などが有名です。常染色体優性遺伝も常染色体劣性遺伝も男女の区別なく発症します。 XYの性染色体のうちX染色体に欠陥があるX染色体劣性遺伝は、男性のみが影響をうけます。女性はX染色体に異常があってもほとんど発症しません。色覚異常がその例で、代表的なものに血友病や筋ジストロフィーがあります。 |
Q | 糖尿病やがんも遺伝するそうですね。 |
A | 近年、生活習慣病の発症にもいくつかの遺伝子がかかわっていることがわかってきました。とはいえ病気の発症の仕方が複雑なため、まだよく理解されない点が多いのです。高血圧症、糖尿病、心臓病、がん、ぜんそく、精神分裂病などが疑われています。 |
体細胞の染色体と生殖細胞の染色体
ひとの体の最小単位である体細胞には23対(46本)の染色体があり、大きさの順に1~23番まで番号をふって区別します。そのうち1~22番までの染色体(44本)を常染色体といい、23番目の染色体(2本)を性染色体といいます。性染色体には男性と女性の性別を決定する役割があり、男性はXY、女性はXXの染色体をもちます。
体細胞
常染色体 | 性染色体 | |
---|---|---|
男性 | 44本 | XY |
女性 | 44本 | XX |
わたしたちの体のほとんどは体細胞からできていますが、ひとつだけちがう細胞があります。それは子孫を残す役割をになっている生殖細胞(卵子と精子)で、半分の23本の染色体しかありません(常染色体22本+性染色体1本)。
生殖細胞
常染色体 | 性染色体 | |
---|---|---|
男性 | 22本 | XまたはY |
女性 | 22本 | X |
このように23本の染色体しかない卵子と精子が結合することによって、23対(46本)の染色体をもつ受精卵が生まれ、受精卵の分裂によって新たな人間が誕生するのです。
生殖細胞がもつ23本の染色体のうち常染色体に欠陥がある場合には、常染色体優性遺伝と常染色体劣性遺伝の2種類の発病のしかたをします。また性染色体に欠陥がある場合は、通常X染色体劣性遺伝の形で発病します。
常染色体優性遺伝
精子と卵子のどちらかの常染色体に異常な遺伝子がある場合、一対の染色体をつくったとき片方の遺伝子に欠陥があるだけで発病します。
A:正常な遺伝子 a:欠陥遺伝子
常染色体劣性遺伝
精子と卵子の常染色体のどちらにも異常な遺伝子がある場合、一対の染色体をつくったとき両方の遺伝子に欠陥があるときのみ発病します。
キャリアー:欠陥遺伝子を持っているが発病しない人
X染色体劣性遺伝
卵子の性染色体はXのみですが、精子にはXの性染色体をもつものとYの性染色体をもつものの2種類があります。そのため卵子のX染色体に欠陥があると、ひとつしかX染色体をもたない男性だけが発病してしまいます。この場合女性は発病はしませんが、欠陥遺伝子をもつキャリアーとなります。
X:正常な遺伝子 x:欠陥遺伝子
Q | 遺伝性の病気は特別なものではないのですね。 | ||||
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A | わたしたちの持っている遺伝子の数はおよそ10万個です。これだけの遺伝子が完全な人などいなくて、誰でも10個くらいは欠陥遺伝子があります。ただし、欠陥遺伝子があるから病気になるとは限りません。 遺伝性の病気は特別視される傾向がありますが、万人に共通の遺伝子の異常にすぎないのです。 |
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Q | 遺伝子診断、遺伝子治療とはどのようなものですか。 | ||||
A | 特定の遺伝子によって発症する病気の揚合、今は症伏がでていなくても、その遺伝子を調べると将来病気になることがわかります。これが遺伝子診断という新しい診断法です。 また、ある病気の原因となる特定の遺伝子を操作することによってその病気を予防したり、病気になっても遺伝子を置き換えて治療する方法が考えられています。これが遺伝子治療です。 現在、診断までは可能となってきましたが、予防や治療は一般的ではありません。 |
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Q | 21世紀には、遺伝子医学によって病気が治るようになるとききましたが。 | ||||
A | 病気には、感染症のように外敵が体の外からやってくる外因性の病気と、原因が体のなかにある内因性の病気があります。 医学の進歩によって、外因性の病気については様々な対抗手段ができました。しかし内因性の病気は、遺伝的な要素に環境的な要因が加わって発症するので、冶療の効果があがりにくいのです。 日本人の死因は、がん、心臓病、脳卒中の順で、どれも内因性の病気です。これらの病気を引きおこす複数の遺伝子を操作して、予防や治療に役立てようという研究がさかんに行われているものの、まだ実用段階にはほど遠い状況です。21世紀に実現するかどうかわかりませんが、おおいに期待されていることは確かです。
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Q | 遺伝性の目の病気は、現在どれくらい治りますか。 | ||||
A | 目の遺伝性疾患には、比較的軽いものから、命にかかわる病気まで色いろあります。早くみつければ視力を保存できるものと、残念ながら現在の医学では治せない「難病」とがあるわけです。 今は治療法がない遺伝性の目の病気も、将来は遺伝子を調べ操作することによって、予防や治療が可能になると信じています。 |
目の遺伝性疾患はたくさんありますので、代表的な病気についてのべてみたいと思います。
屈折異常
近視、遠視、乱視など、カメラのレンズにあたる水晶体のピント合わせがうまくいかない目の異常のことです。メガネをかけてピントが合うと正視の状態になるので、病気ではありますが日常生活にはあまり影響しない場合がほとんどです。しかし屈折異常が遺伝するかどうかは、心配する親御さんから最も多くきかれる質問です。
多くは「祖父母 父母 子ども」と続けて出現する常染色体優性遺伝の形式をとりますが、必ずそうなるとはかぎりません。両親や近親に近視のひとがたんさんいても症状が現れない場合もあります。もし屈折異常とわかってもメガネで矯正できますから、気にすることはないでしょう。
斜視
斜視にはいろいろの種類があります。なかでも間欠性外斜視は常染色体優性遺伝の形をとりますが、浸透率はそれごど高くありません。遺伝による異常が出現する確率を、浸透率といいます。浸透率が高いほど、症状が出やすく病気になりやすいということです。
色覚異常
これはX染色体劣性遺伝の形をとり、ほとんどが男性にみられます(全男子人口の5~6%)。ただし全色覚異常者の4%は女性です。色覚異常の原因は、網膜の錐体細胞にある視細胞の異常で、正常な人に比べて赤や緑を識別する能力が劣るのが特徴です。
女性の中には遺伝子があっても発病せず、子ども(男児)に遺伝子に遺伝子を伝えてその子どもが発病する可能性がある人もいて、この場合は色覚異常の保因者ということになります。
色覚異常は日常生活にほとんど影響がないため自覚されにくく、学校検診ではじめて指摘されることが多いようです。視力に影響がないため、社会的な制約はほとんどなくなってきています。
先天性白内障
水晶体が濁ってものが見えにくくなるのが白内障で、先天性と後天性とがあります。先天性白内障は生まれつき水晶体が濁っているため、外からの光が網膜に達せず視力の発達が妨げられます。そのためできるだけ早い時期に手術をして、弱視になるのを予防する必要があります。多くは常染色体優性遺伝の形をとるので、家族の検査も必要になります。
出生時の水晶体は透明で徐々に濁ってくるタイプの白内障は、水晶体が透明な時期に光刺激を受けた経験があるため弱視になりにくく、この場合は発達白内障といい区別します。遺伝性のものは20~30%で、あとは母体内感染、全身性の代謝異常、染色体異常などが原因です。なかには原因のわからない例もかなりあります。また両眼性のものと片眼性のものとがあり、片眼性の場合は高率で斜視を伴います。
緑内障
眼球内部の圧(眼圧)が高くなるために、視神経がおなされて、視力の低下や視野狭窄がおこる病気を緑内障といいます。
遺伝性の緑内障には先天性緑内障があり、ほかにもリーガー症候群、マルファン症候群、スティックラー症候群、無虹彩症などの他の先天異常に合併しておこる続発先天性緑内障があります。これらの病気が遺伝性であることは解明されていましたが、一般的な緑内障が遺伝するかどうかは不明だったのです。しかし、以前から緑内障には家族性のものがよく知られていて、その遺伝子をみつけることは大きな課題でした。
現在、緑内障の原因遺伝子の一部は解明されて常染色体優性遺伝の形をとることが知られていますが、どのようにして眼圧の上昇をおこすのかはわかっていません。この後の研究が待たれます。
網膜色素変性
視野が周辺からだんだん狭くなって、進行すると中心視野のみを残すようになり、さらに進むと中心視野も失われて失明状態になる病気です。多くの場合、20歳位までに、視野狭窄のため夜盲を自覚するようになります。
遺伝性疾患と考えられていて、遺伝子検索も多く行われていますが、これまでのところ単一遺伝子ではなく多数の遺伝子が関わっていると考えられています。常染色体優性、常染色体劣性、X染色体劣性といろいろな遺伝の形を示しますが、孤発例(近親に同じ病気の人がいないのに発病する例)もあり、この孤発例は劣性遺伝と考えられています。現在は有効な治療法がないため、残された視機能をできる限り有効に使うためのリハビリテイションが治療の中心になります。
ほかに全身的な異常を伴う場合もあります。
網膜芽細胞腫
眼科におけるがんはそれほど多くありませんが、網膜芽細胞種は早くから遺伝性のがんとして知られていました。常染色体優性遺伝の形をとります。最近になって原因遺伝子が発見され、RB遺伝子と呼ばれています。
瞳が光ってみえるため猫目といって恐れられてきましたが、現在では早期に発見し治療すれば生命予後もよく、視力さえ保存できる場合があります。抗がん剤による化学療法、放射線療法、光凝固、冷凍凝固療法を組み合わせる治療を行います。単独で治療が可能な場合もあり、とにかく早期発見、早期治療が大切です。
絵 大内 秀
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